広島高等裁判所 平成4年(行コ)3号 判決 1992年11月06日
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人が起業者として施行する高速自動車国道山陽自動車道吹田山口線新設工事及びその附帯工事事業のための土地収用事件について、山口県収用委員会が別紙物件目録一及び二記載の土地につき、平成二年三月二八日にした権利取得裁決中、賃借小作権、賃借権が存するものと確定した場合の控訴人に対する損失補償額三三九五万六七三五円を三九六一万六一九一円と変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、五六五万九四五六円及びこれに対する平成二年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が起業者として施行する高速自動車国道山陽自動車道吹田山口線新設工事及びその附帯工事事業のための土地収用事件について、山口県収用委員会が別紙物件目録一及び二記載の土地につき平成二年三月二八日にした権利取得裁決中、賃借小作権、賃借権が存するものと確定した場合の控訴人に対する損失補償額三三九五万六七三五円を五六五九万四五五九円と変更する。
3 被控訴人は、控訴人に対し、二二六三万七八二四円及びこれに対する平成二年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
5 仮執行の宣言
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張及び証拠関係
当事者の主張の要旨は、原判決の事案の概要欄に記載のとおりであり(ただし、原判決四枚目表四行目から八行目までの「2」の項の主張を削る。)、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
第三 当裁判所の判断
一 被控訴人が本件土地の事業の認定の告示の時の価格を五五二五万七三三二円としたことに控訴人は異議がなく、右価格に土地収用法七一条に基づき権利取得裁決の時(平成二年三月二八日)までの物価の変動に応ずる修正率(一・〇二四二)を乗じて得た額は、五六五九万四五五九円と計算される。
二 本件訴訟の争点は、本件小作権が存するとした場合における小作権割合であるから、以下判断する。
1 前提となる事実関係は、次のとおり改めるほか、原判決五枚目裏六行目から同一〇枚目表一一行目までのとおりである。
(一) 原判決五枚目裏七、八行目に挙示の証拠に「乙第一三号証の四ないし九、一二、一四の一、二六、第一四号証の一、一二、第一五号証の一、第二〇号証の二、三、原審における控訴人本人尋問の結果」を加える。
(二) 原判決六枚目表一〇行目の「補助参加人」の次に「(同人は、控訴人と小学校の同級生であり、自宅も数百メートルしか離れていなかった。)」を加え、同裏一行目の「土地の一部」の次に「(約二反五畝)」を加え、同三行目の「土地」の次に「(約一反三畝)」を加え、同三、四行目の「右耕作については」から同四、五行目の「受けていなかったこと」を「右耕作をするについて、文書を取り交わすことも金銭の授受もなく、期間も定めなかったが、耕作の対価として年間玄米四俵(後に五俵に増加した。)を補助参加人が控訴人に渡す旨約束し、農地法三条所定の農業委員会の許可は受けないことにして、米の供出や共済の掛金は山下三左衛門の名前(同人の死亡後は控訴人の妻の名前)で行ってきたが、本件土地を耕作する労働力や経費はすべて補助参加人が負担したこと」に改める。
(三) 原判決八枚目裏一一行目の「判断したこと」の次に「、ただし、農地法上の手続を経ていない小作地の小作権割合については、正規の小作権割合より一〇ないし二〇パーセント低くなり、通常二五ないし三五パーセントの範囲になることが多い、と指摘していること」を加える。
(四) 原判決九枚目表三ないし五行目に挙示の証拠に「乙第一四号証の四」を加える。
(五) 原判決九枚目裏八行目の「多いこと、」の次に「小作権割合は、宅地見込地の方が高くなる傾向になり、小作権割合が四〇パーセントになる事例も増えていること、」を加える。
(六) 原判決一〇枚目表一一行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「本件土地付近で本件事業にともなう買収において小作権に対する補償金が支払われた具体的事例は、次のとおりである。
(一) 下松市大字切山字ちさの木所在の一四七三番の田、一七三〇・一八平方メートル(本件土地から約一〇〇メートルのところにある。)
価格 二八五四万七九七〇円
買収時点 昭和六二年八月
地主 大木伸明
耕作人 補助参加人
小作権割合 公簿面積を前提に四割と決めたが、実測面積が広くなったため、金額の配分は地主六割二分、耕作人三割八分となった。
右耕作は、昭和七、八年ころから続き、農業委員会の許可を受けている。
(二) 下松市大字切山字ちさの木所在の一四六六番の田、八二七・七四平方メートル(本件土地から約二〇〇メートルのところにある。)
価格 一五三九万五九六四円
買収時点 昭和六一年一月
地主 大木和正
耕作人 大木哲也
小作権割合 五割
地主と耕作人とが親せきという関係にあり、補償金を二分して半分ずつ取得したものである。右耕作について、農業委員会の許可を受けている。
(三) 下松市大字山田字神河内所在の五四二番の一の田、一〇〇二・八〇平方メートル(本件土地から約七五〇メートルのところにある。)
価格 二六五七万四二〇〇円
買収時点 昭和六〇年一一月
地主 玉井ヨシ子
耕作人 兼國松男
小作権割合 四割
右耕作は、戦前から続いており、農業委員会の許可を受けている。地主は徳山市に居住し、いわゆる不在地主に当たる。」
2 前記1で認定した事実を前提に、本件小作権が存するとした場合における小作権割合について検討する。
前記認定の事実によれば、(一) 下松市付近で小作権消滅の対価が支払われる場合の小作権割合は、通常三割ないし四割程度であって、小作権割合は四割であるとの慣行が成立しているとまでは認められないが、宅地見込地の小作権割合は高くなり、小作権割合が四割との例も多くなっていると認められる。(二) そして、本件土地は、農業振興地域と指定され、農用地区域に定められているが、周辺地の状況からして宅地見込地と認められ、本件事業で買収された本件土地近くの土地の小作権割合もほぼ四割と合意されているから、特段の事情のない限り、本件土地の小作権の割合も通常は四割と認めるのが相当といえる。(三) しかし、本件土地の耕作は、昭和三六年ころから(一部は昭和四三年ころから)始まったものであり、農地法三条所定の農業委員会の許可を受けていないのであるから、戦前から耕作を続け、農地法所定の許可を得ている小作権とは耕作の期間、権利の態様を異にし、本件土地の小作権割合を近隣の土地の小作権割合と同等の割合に評価するのは当を得ないものといわざるをえず、本件小作権の割合は相当額の減額がなされるべきである。
右指摘の事情に前記1で認定した事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件小作権が存するとした場合の小作権割合は三割と認めるのが相当である。
前記墨崎鑑定及び武田鑑定は、本件小作権割合を四割と判断しているが、右両鑑定は、補助参加人の本件土地の耕作が農地法所定の許可を受けていないことや同人の耕作期間が三〇年足らず(一部は二〇年余り)であることを考慮していないから、右両鑑定の結果は採用できない。また、補助参加人が本件土地の排水工事等を施工したことをもって、右説示の小作権割合の判断を左右するに足るものではない。
三 以上のとおり、本件小作権の割合は三割とするのが相当であるから、本件小作権が存するとした場合における本件小作権に対する補償金は別紙のとおり一六九七万八三六八円と計算され、本件土地の所有権に対する補償金は三九六一万六一九一円と計算される。
第四 結論
以上の次第で、控訴人の本訴請求は、本件事業のために山口県収用委員会が本件土地につき平成二年三月二八日にした権利取得裁決のうち、本件小作権が存在する場合の土地所有者に対する損失補償額三三九五万六七三五円を三九六一万六一九一円に変更し、右差額五六五万九四五六円及びこれに対する権利取得の時期である平成二年四月二〇日以後で訴状送達の日の翌日である同年六月二九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである(なお、被控訴人は、土地収用法九五条四項に基づき、本件小作権に対する補償金二二六三万七八二四円を供託しているが、同法四八条五項の規定による裁決は、土地に関する所有権以外の権利に関して争いがある場合において、その権利が確定しないとき、収用の確保、促進のため当該権利が存するものとして裁決して、当該権利の存否は所有者と当該権利の主張者との間で確定させることとしたものであり、当該権利の補償金額の争いまでも所有者と当該権利の主張者との間で確定させる趣旨とは解せられないから、補償金額に不服のある所有者は、当該権利の存することを前提としたうえで権利取得裁決の補償金額の変更と補償金の差額の支払を求めることができると解する。)。
よって、原判決を右のとおり変更することとし、主文のとおり判決する(仮執行宣言の申立ては必要ないものと認めてこれを却下する。)。
(別紙物件目録は第一審判決添付のものと同一につき省略)
土地に関する損失の補償
<省略>